2017年12月21日

「引退するなら100年後」と高笑い

 私は2013年、横浜を訪れたムガベ氏のインタビューをしたことがあります。当時、既に89歳。第一印象は「小さなおじいさん」でした。

 スーツにネクタイ姿でしたが、背筋を丸めてソファの中でちぢこまり、視線を床に落とし、こちらの問いかけにボソボソと小さな声で返答。何を言っているのか聞き取れません。威勢良くスピーチする独裁者のイメージがあったので、とても意外でした。

 場所はホテルの一室。取り囲む十数人の側近たちは息を殺していました。

 さしもの暴君も寄る年波には勝てないのかと思いきや、話しているうちに調子が上がり、だんだんと声が大きくなっていきました。特にヨーロッパ諸国の批判を始めると、目がらんらんと輝き出し、

 「モンスター・ムガベ、いつ死ぬんだとヨーロッパの人々は言うが、私は生きている。ここにいるのはゴーストじゃないぞ」

 そう言うと、ガハハハハと笑い出したのをよく覚えています。「引退するとしたら100年後かな」とも言っていました。インタビューを終える頃には背筋もしゃきっとし、体も一回り大きくなったかのように見えました。

 ムガベ氏は明らかに、「反欧米」「反白人」を自らのエネルギー源にしていました。2008年にコレラの被害が広がると、「イギリスの陰謀だ」と言い逃れ。失政を批判する野党の政治家を「白人の手先だ」と決めつけ、国民の目をそらしてきました。

 この「黒人ファースト」とも言える姿勢こそが、人気を支えてきたと言えます。

 ジンバブエは南アフリカ共和国の隣にある国。南アと同じくもとはイギリスの植民地で、少数の白人が大多数の黒人を支配し、黒人を白人から隔離するアパルトヘイト政策が行われてきました。

 ムガベ氏の歩みは南アの英雄、ネルソン・マンデラ氏と実はよく似ています。

 黒人解放組織のリーダーとして頭角を現し、1963年から74年まで投獄。釈放されるとゲリラ闘争を率いて80年の独立を勝ち取り、そのまま首相になりました。

 マンデラ氏も1964年に終身刑となって収監され、釈放されたのは90年。すべての人種が参加する選挙が行われ、南アの大統領になったのが94年ですから、むしろムガベ氏が先駆者と言えます。



Posted by イッキ at 11:06│Comments(0)
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